2010年5月2日日曜日

Linux技術者のDistributionポータビリティ向上について

最近の私の仕事ではCentOSを使いまくっている.そんなわけで,「Debianに過剰に慣れた人のためのcentosカスタマイズ入門」という意味不明なジャンルが俺の中で作られつつあります.

Linux技術者のDistributionポータビリティ向上というのは,実は非常に大事なのではないかという気がしています.求めるレベルというと
  • パッケージングポリシの違いが説明できる
  • 素からカスタマイズしたinstallを量産して配置して運用できる
  • xxxのdistributionからyyyのdistributionに移行すべき! という理由を説明できる
  • どんなdistributionでも生活できるぜ,,になる <-- xxxができません! とdistributionのせいにしない
とまあ,こんなところなんだろうか.

ふと自分のLinux/unix遍歴をおもいだしてみる.俺の話はまあどうでもいいので,一般的な年表はhttp://www.os-museum.com/platform.htmが,超おすすめ.自分とかさねて見るといいよ!
  1. 93年にyaaの先輩だった曽根先生の部屋でBootしてるLinuxを見る.93年にyaaの森くんに半ばだまされてLaser5のCDをおしつけられる,,といったあたりで,SLSに出会う.さいしょにいれたSLSのバージョンは忘れたが,SLS1.05のCDを後に買う.(まだ持ってる)
  2. 94年になったあたり,UnixUserではSlackwareを推していたこともあり,Slackwareを97年3月くらいまで主に使う.
  3. このころIRCデビュー.UnixMagazineを買いだす.
  4. 96年の二月あたりに,東北大工学部生協でRedHat 3.0あたりいりのPCが売りだされる.ちょっと手伝う.
  5. 97年に大学を卒業して,NAISTにはいるまでの春休みが5日ほどあったので,distroいれまくり祭りをやってみることに.RedHatが4くらいだった気がする.そしてDebianをこれからメインで使うようにしようと思う.
  6. NAISTに入学.研究室に配属されたあたりに「Linux使ってるだって? アホじゃねえのかBSDに改宗しろ」みたいなことを言われる.ネタじゃなかったらしい.
  7. NAISTの計算機環境ボランティアに志願する.BSDI, OSF-1,SGIのやつ..なんだっけ.などなどが混在しまくり.Linuxはnaistのシステムにははいってなかった.
  8. 97の11月ころにspamメール祭りがあり,それまでメインで管理していた馬場先生が激務で燃えつきなかんじになったこともあり,全学のメールサーバ運用をはじめる.このときOSF-1の巨大ファイルサーバがなんとメールサーバだった.個人的にqmailをさわりはじめる.
  9. 前野先生と知りあう.
  10. 奈良では友達がいなかったので,土日をもてあましていたような..Debian JPの関西にいる方々と交流をはじめる
  11. LILOという団体がたちあげられつつあったので参加する.以後,97,98年度はnaistでやることも3回くらいあったような.
  12. 98年にはいって,指導教官だった「かずさん」が退官されることになり,Firewallの管理,出島の管理をはじめる.このときOTPからSSHにするべく活動開始.Linux Japanにその記事を書く.
  13. 99年の2月,修論をおわらせてから,NAISTのメールサーバを余ってたSun Enterprize 450,Solaris2.5?にqmailをいれてリプレースする.
  14. 99年4月. IIJ入社.BSDIで動作させねばならない.手元のPCはなんでもよかったのでDebianをメイン.
  15. シリコンバレーに進出してきたSuseの人と知りあう.日本進出を..とかいってた.
  16. 2000年6月.ネットビレッジ.ほぼ全てDebian生活.
  17. 2001年にHP入社.客に出すわけじゃないので,ほぼ全てDebian.いっしょに共同研究をしていたパロアルトの同僚インド人がSuseだったのでSuseもつかう.yastたまらん..たまらん..
  18. 2007くらいにRHELでつくらないといけなくなった.
やべえ,超ながくなった..そんなわけで,CentOSどうすんべかな.

2010年4月30日金曜日

mitaka.rbに行ってきたので,勉強会についてちょっと考える.

[debian-users:54102] Debian hackcafe: 2010年バグ探し&潰しの旅@大崎 のお知らせ (4/29)というイベントがあったにもかかわらず,mitaka.rbに先に申しこんでいたので,参加してきた.

http://twitter.com/#search?q=%23mitakarbあたりを見るのがまあ雰囲気的にはよくわかると思われる.
mitaka.rbの進行はこんな感じ.普段とはきっと違うのかもしれない.
  1. 名前いり名札を首から下げる.twitterのnicknameがある人はそれも書く.mitaka.rbはtwitterへの自分の顔出し率が高い気がするので効果的かも.
  2. ドリンクをみんなにまわす
  3. 幹事様がかるく挨拶
  4. ドリンクをかるーくのみながらプレゼンを聞く. (ここまでで90分)
  5. メシ(立食) (90分程度)
これに参加して思ったこと.
  • Debian勉強会でも行われるときがあるが「事前課題」への取り組みを紹介しつつ,参加者の紹介をするのは必要ではないかと思う.
  • ドリンクのみながらLT..は悪くない方法.会場が許せばだけど.
  • USTは10人くらい視聴者がいたようだ.それなりに意味がありそう.
たまに普段いかない会に行くといろいろ刺激になる.完全アウェイだったし.まあすぐに技術ネタという共通事項がある限りなんとかなるのではあります.

2010年4月28日水曜日

ネタ募集: 6/26 オープンソースカンファレンス2010北海道

6/26 オープンソースカンファレンス2010北海道に,Debian JP Projectの参加を打診された.当然断われない.

というわけで,「何かをしゃべれる,しゃべりたい人」と「聴衆が聞きたいこと」をマッチングさせなければなりません.いくつかは,小岩さんにムチャ振りをされている(Hadoopとか..)のだが,自信を持って話せること以外は自分は引きうけらんないなあというかんじ.

先日の東京Debian勉強会でもしゃべったように,Debianは大変普及しています.特に雑誌連載におけるDebianの普及はめざましく,なかでも「apt」の普及が特にSoftwareDesing誌において顕著です.
10年前までの雑誌で目立ったmakeを通すまでのMakefileの設定や,makeの出力pageは一掃されました.

1年程前から,HadoopはCloudEraがaptで配るようになり,Hadoopはもはや素で使う場合の10倍がCloudEraからダウンロードされるようになっています.そんな中で,DebianでHadoop! みたいな話はDebianの話ではなく,Hadoopの話になり,Hadoopは所詮道具であることを考えると,deepに使ってる人じゃないとおもしろくないと思うんだな..

2010年4月21日水曜日

cdn.debian.netが世界からどう見えているか

just-ping.comというところで,世界中からpingをかけてrttをはかるサービスがある.
ふと, cdn.debian.netがちゃんと散っているのか? という話に答えるために使ってみた.

こうやってみると,インド,ホンコン,ニュージーランドのエントリを確認しなければならないな.


2010年4月17日土曜日

Debian 4月 東京勉強会

「会長就任したのでちょっと話しろよ」ということでちょっと話.昔話などをして,iwamatsu前会長の「実は俺が目指してた方向」をふりかえってもらう.

2010年4月8日木曜日

次回のDebian東京勉強会で会長就任挨拶をすることになった

岩松さんらにせっつかれて,次の土曜(17日)に稲城で行われるDebian東京勉強会で会長就任挨拶をすることになった.

私がやれることといえば,みなさまの個別の活動を支援するようなことしかできないと思います.

話といっても言えることはほとんどないので適当にしゃべります.

それよりむしろ,みなさんからのフィードバックを期待しております.

2010年3月26日金曜日

研究室の掃除

GLANTANKがでてきました.Debian関係者の方で欲しい方がいらっしゃったらご連絡ください.